純米生もと  〜永遠の定番〜

 純米生もとを初めて発売したのは今から20年余り前の昭和58年(1983)、地酒ブームでようやく吟醸酒や純米酒というものを市場が認知し始めた頃のことです。
 しかし、実はさらにその20数年前、昭和30年代から純米生もとへの取り組みは始まっていたのです。当時の社長であった八代目太田七右衛門(先々代社長。1901〜1993)は、第二次大戦中の物資統制および戦後の荒廃で大きな打撃を受けていた生もと造りの立て直しにようやく目途をつけ、昭和30年代には、全国でもほとんど例がなかった純米酒(当時は“無添加の酒”と称しておりました)への挑戦を開始していました。
 当時、八代目社長が懇意にしていた灘の大手酒造会社技師長さんとの往復書簡が残っていますが、昭和36年の手紙でも、八代目は何度も「無添加の酒」を試みているのだが、それだけで一級審査に出すにはまだ粗さがあるといった相談をしています。大手技師長さんの回答も、なかなか難しいというもので、無添加だとお酒本来のきめ細かさ、濃さが出る長所があるが、短所として雑味も出やすい、といったようなことが詳しく書かれていました。当時は精米歩合に制限があったことや、有効な冷却装置がなかったことで、現在では想像できないほどの困難があったようです。これは後に、お米をより白く磨くことや、冷却装置で低温発酵が可能になったことで解決しました。
 純米生もとは、先人達の長い長い積み重ねの末に誕生したのです。

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